音楽の理解を深めるにあたって“和声理論”の習得は欠かせない重要な要素の一つに挙げられるかと思います。
音楽の三要素(メロディ・リズム・ハーモニー)の中でも、特にハーモニーにあたる和声理論は他の2点に比べて専門性が高く、特別な教育や学習無しに習得するのは、先ず不可能と言って良いのではないでしょうか?
音楽之友社「和声ⅠⅡⅢ」
音大生が必ず手にするといっても過言ではない和声の理論書と言えば「和声-理論と実習(音楽之友社)」だと思いますが、これはバス課題やソプラノ課題をベースに、ハーモニーを司る構成音の的確な動きの基礎を学べる理論書で、私も大変お世話になりました。
特に“変位音”や“倚音”に見られる「非和声音」に特化した「第Ⅲ巻」は、その高い専門性からか作曲専攻でなければ通常は取り扱わないカテゴリーだと思います。私も大学の講義では習いませんでしたが、作曲の師匠から個別に指導を受けて、徹底的にしぼられた苦い記憶があります。
より高度な理論書の存在
ただ、このⅢ巻を習得したとしても、和声理論の分野においてはまだまだ“基礎中の基礎”を習得したに過ぎず、更に奥深い理論や見解を示した理論書が多数存在しています。
その中の一つ「ブルーノートと調性/濱瀬元彦著-全音楽譜出版社」は、ベーシストとして名高い濱瀬氏による音楽理論書で、ブルーノートスケールなどを主としてJazzに通じる理論が多く掲載されています。その中身は、譜例による解説よりも図式や表によるものが主体で、正に理論書の“雛形”の様な内容です。非常に読み応えがありますが、なかなか解読に苦労しました。
「下方倍音列」の概念と和音の重心
この書籍の内容の一例を取り上げますと、氏がこの書の序盤で掲げているのが「下方倍音列」という概念です。
これは通常発生する倍音列を、「基音」を軸としてその反対側(基音の下方側)にも同じ振動比率で倍音列が形成されると仮定したものですが、これは和音の“重心”を定める上でも非常に重要な要素と成り得るものです。
倍音は、基音に近いほど発生し易く聴き取り易い性質を持っていて、この内、基音から第5倍音までの3種類の音を合わせると「C・G・E」を構成音とした和音が出来上がります。これを密集和音に組み替えると「ド・ミ・ソ」という基本的な長三和音となりますが、この時この和音は「C」の音を基に発生した倍音によって形作られた事から、和音の重心は「C」の音にあると考えます。ハーモニーのニュアンスは、それを司る和音の重心によって変化しますので、和音の重心は大変重要な要素です。この場合、ハ長調ならばⅠ度の和音に相当し、調性の基準となる「トニック」に該当します。
これと同じ事を、今度は倍音列の基音を軸に反対方向へ対象を移し、同様に基音から近い3種の音を和音にすると「C・F・A♭」という和音が見えてきます。これを密集和音にすると「ファ・ラ♭・ド」という短三和音になりますが、これは「F」の音を主音とする“ヘ短調のⅠ度”の和音に該当し、F音に主眼が置かれる一方で、これを下方倍音列の概念に当てはめると、その派生は下方倍音の基音…つまり「C」音という事になります。
以上を鑑みると、短音階におけるⅠ度の和音は第5音…つまり属音が基になって形作られたと考えられ、この属音に重心があると考えます。これによって、Ⅰ度の和音にも関わらず、Ⅴ度和音と同じ「ドミナント」の性質が垣間見える事になる訳です。この事から、短三和音は“不安定な和音”として捉えられ、ルネッサンスやバロック音楽によく見られる「ピカルディ終止」にも結びつくのではないかと思います。
表記に少し難点あり
「ブルーノートと調性」には、他にも多くの理論家を唸らせる様な深い和声理論が詰まっていて、非常に興味深い内容となっています。ただ、読み進めていく上で、アルファベットの「b」とフラット「♭」の表記の区別が付きにくいのが、少し難点ではあります…。またJazzマンらしく、スケール等の名称は全て英語表記になっているので、日本の「和声」から入った人間からすれば、初めのうちは非常にとっつき難いかもしれません。
定価¥5,800と高価な理論書ですが、アマゾンなら中古で安く手に入る場合がありますので、ご興味のある方はご購読頂ければと思います。私もまだまだ理解に乏しい部分が沢山あるので、引き続き“解読”に余念がありません。