ミヨーの≪スカラムーシュ≫における楽譜のミス。作曲者の立場から楽譜の読み方を考える

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今日は久々にピアノの話題を(笑)。“2台ピアノ”のレパートリーとして定番となっているミヨー(Milhaud)の≪スカラムーシュ≫を、今度知人と演奏する事になりました。

普段何気なくCDを聴いていると全く意識をしなかったのですが、スカラムーシュの楽譜には、臨時記号“抜け”が結構あるんですね。私は緑の表紙のSALABERT版を使用していますが、別の黄色い表紙の版を見ても同じでした。

スカラムーシュ (4)

例えば105小節目の2nd、3~4拍目の上段に「E」の音がありますが、ここはB-Durですから明らかに「Es」ですね。♭記号が抜けています。

スカラムーシュ (6)

133小節目の下段、最後の音も「si」に♭が抜けてしまっています。このままでは1stが弾いている「B♭」音と短2度で重なってしまうので、ミスは明らかですね。

スカラムーシュ (2)

また45小節目、同じく2ndの上段最後の音は「D」ですが、この表記のままだと2拍目の「Dis」音が生きてしまっていますので「ナチュラル」が必要です。ただ、臨時記号の有効基準を「同一声部の同一音高」と定めている場合もあり、ここでの上段は2声に分かれている為、2拍目の上声部での「♯」は、4拍目の下声部には有効ではない、とする見方も出来ます。

しかしその様な場合でも、「親切臨時記号」を付ける事が通例となっていますから、やはり最後の音には「ナチュラル」が付いて然るべきでしょう。

楽譜のミスは作曲者の責任

作曲者の立場からすれば、ミスや抜けがある事は身をもって知っています。書き下ろしを提出する際に何度も見返してミスを減らす努力をしますが、それでも“ゼロ”になる事はなかなかありません。しかし楽譜を渡された人は、その楽譜が全てだと思って演奏しますから、ミスがそのまま音になってしまうのは避けられないでしょう。

つまり、作曲者の真の意図は伝わらない事になりますが、これは他でもない作曲者自信の責任です。

スカラムーシュ (7)

ただ、ミヨーの様な歴史的人物の作品を読み解く際には、やはりこちら側から積極的に理解をしようと努めるしか無いのではないでしょうか?楽譜のミスが作曲者自信のミスなのか、初版の校正ミスなのか、色々と研究が進められているにせよ、完全に明らかになるケースは少ない訳ですし、難解な無調音楽でない限りは、常識的な和声、対位法の理論でもって、演奏者が補填すれば良いのだと思っています。

楽譜通りに弾くだけが“理解”ではない

中には“楽譜は神様”という感覚で譜読みに臨んでいる人を見かけます。しかし“楽譜を読む”という事は、是が非でも楽譜に書かれた音符をただ忠実に弾く事では無く、楽譜を通して作曲者の意図を読み取る事が必要で、それには人間である彼らが起こすミスも前提に考えなければならないでしょう。

特に「原典版」を名乗る楽譜については、作曲者の“書き下ろし”が色濃く反映されている場合が多いので、なおさら記譜上における「?」な部分は出てくると思います。楽譜通りに弾く事が、必ずしも作曲者の意図を反映した演奏になる訳では無いという事を、再確認すべきです。

楽譜の校正には「完璧」が無い

楽譜のミスを無くす事は、作・編曲家にとって永遠の課題です。しかもそれは作曲者個人だけでなく、出版社にとっても同じ事が言えるでしょう。私も以前、楽譜出版社で校正の仕事をしていましたが、1つの楽譜につき10名もの校正係が何度も見返して、それでも尚ミスを発見する場合がある程でした。

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つまりそれだけ楽譜というものは複雑でデリケートなものであるが故、作曲者の意図が100%間違いなく反映されているものではない、という前提の元、演奏者は読譜が必要なのだと思います。歴史的作品への理解は、音楽家にとって永遠の課題ですが、少しでも作曲者との霊感を通じた会話が出来る様になれば、演奏にも良い影響が出てくるものと思います。


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