最近の卒業ソングはJ-POPばかり…ハーモニーを知らずに旅立つ若者達

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最近の中学校等で歌われる卒業ソングのレパートリーを見て、思う事があります。自分の頃からたかだが20年そこらしか経っていないのに、随分と事情が変わってしまったものです。

人気の卒業ソングとして「いきのもがかり/YELL」や「レミオロメン/3月9日」などが並んでいますが、往年の「合唱曲」として作曲された作品は「旅立ちの日に」くらいしかありません。

勿論これらのJ-POPは、多くの人の心を掴んだ名曲である事に変わりはありませんが、一般の人が生涯唯一“和声”を学ぶ機会だった義務教育(音楽)の集大成がこれでは、一生“ハーモニー”を理解し得ない大人が、今後増えてくるのではないでしょうか?

合唱コンクールでもJ-POP

私が何年か前に、とある公立中学校の合唱コンクールで審査員を務めた際に感じましたが、「春に/木下牧子」や「君とみた海/若松歓」など、往年の合唱作品が名を連ねる中、それを上回る数のJ-POP編曲ものが歌われていた事に驚きました。

聴いていると、確かに皆一生懸命なのですが、旋律が余りにも動きすぎて、まさにカラオケ状態…。中には無理やり2部や3部合唱に編曲されている曲もあり、それこそ何を歌っているのか分からなくなります。

中学生の合唱曲 (2)

元々中学生向けの合唱作品は、二分音符や全音符等の“長い音価”が多く使われたり、順次進行の旋律を主体とする等、音程が取り易く歌いやすい様に作曲されている訳で、それを逸脱したJ-POPを“合唱”として歌ったら訳が分からなくなるのは当然で、これでは評価のしようがありません…。

J-POPで和声は学べない

J-POPは基本的に主旋律+バンド(伴奏部)の構成で、歌はカラオケで熱唱できる様に作られており、言わば「演歌」の様に“コブシ”を利かせて、歌手独特の個性を“単旋律”で表現する様に作曲されているので、複数のメロディが絡む「合唱」には向いていません。

だからこそ、旋律のリズムや音高が上下に激しく揺れる為、的確な音程を捉える事は難しいですし、何より最近のJ-POPはリズム主体のダンスミュージックですから、ハーモニーはそれほど重視されている様には思えません。

J-popライブ

J-POPのライブ映像なんかを見ると、観客が皆揃って片手を上下させていますが、この光景からもスポーツ的要素を強く感じ得ます。

結局みんな主旋律を歌いたい

「合唱」となると、主体のメロディとなる主旋律の他、それを支える対旋律の存在が必須となりますが、結局みんな主旋律をのびやかに歌いたいもの。何の曲を歌っているのかも分からなくなる様なアルト、バスパートを歌いたい人は、どこでも少数派だと思います。

中学生の合唱曲 (8)

だからこそ、対旋律を必要としないJ-POPの選曲が、尚更主流になるのかもしれませんね。これでは何だか学芸会の演劇で、主役の白雪姫が10人も出てくる様な珍事に似ています。しかし、主旋律に隠れた「対旋律」にこそ、和声の習得に必要な要素が詰まっているものですから、これでは尚更ハーモニーの感覚を掴めない若者が増えてくる要因になり兼ねません。

和声を知らずして世界と対話ができるのか?

元々日本人は「和声」には疎い民族だったと思います。近世にまで流行った“音遊び”の歴史を見れば、それは納得できるでしょう。それが明治時代以降、西洋の音楽が輸入される様になって、それが教育にも生かされる様になり、折角ハーモニーの“伊呂波”を日本人が知る様になったものを、ここへ来て単旋律とリズム主体の“音遊び”へと逆戻りしている様な気がします。

ヘルシンキ大聖堂

このままでは、やがて「井の中の蛙」状態になってしまわないか…、ハーモニーへの理解が無いまま、それを熟知した海外の人達との対等な会話が出来るのか…、それによって逃すビジネスチャンスもあるのではないかと、心配は尽きません。せめて義務教育の場においては、是が非でもポリフォニックな旋律の掛け合いや、対戦律の意義や構造を学ぶべきで、それを披露する最後の場こそ、卒業式なのではないでしょうか?

彦根城 桜 (5)

ちょっと話が大きく膨らみすぎましたが、卒業ソングの選曲は、近年の音楽教育を色濃く反映している様に思えます。ハーモニーを重視した、新たな合唱作品のヒット曲が出てくる事を願って止みません。

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