“「音大卒」は武器になる”は本当か?(その3)管楽器専攻における音大入学の意義

前回までピアノ科の厳しい実情をお話してきましたが、オーケストラ楽器では少々事情が異なります。
個人が主体のピアノ演奏とは違い、常に多くの奏者とのアンサンブル能力が求められる管楽器や打楽器等は、多くの音楽家が居る所へ身を置く事の重要さは格段に増します。

縦社会で鍛えられる「管楽器」

私が音大生だった頃、管楽器との伴奏合わせをする為、管楽器の練習室があるエリアへ入った時、その途中すれ違った見知らぬ学生が皆、自分に向かって「こんにちは」と挨拶をしてきました。人見知りな性格の自分にとってカルチャーショックでしたが、後から聞いた所によると、管楽器エリアでは先輩と見知らぬ人に対して進んで挨拶する様に先輩から教育されており、他にも細かな「ルール」が構築され、学生の間で厳守されているとの事でした。

当時、ピアノ専攻の私からすれば「迷惑な話」と思いましたが、ここでの「縦社会」が卒業後の仕事へ繋がっていく事は、言うまでもありません。

ウィーン国立オペラ座

例えばオーケストラのエキストラやアシスタントを先輩から頼まれた事がきっかけで仕事の幅が広がったり、また弦楽器の場合、優秀な先輩からPultの頭数を揃える目的で呼ばれる事が積み重なって、本番の経験を積む事に繋がる等、先輩後輩の関係性の構築やコミュニケーション能力の習得は必須です。

彼らオーケストラ楽器の専攻者にとって、多くの音楽家が集まる音大へ進学する事は、ピアノ科とは比べ物にならない程重要であると言えるでしょう。

エキストラおよびフリーの演奏家の出演料

とは言え、卒業後の収入面で見ますと、やはりごく一部の秀才を除いては厳しい現状が待っています。例えば、フリーの管楽器奏者がオーケストラ公演に出演した際の出演料は、おおよそ次の通りです。

  • リハーサル…1回 5000円程度
  • 本番…1回 10000円程度

各楽器とも「首席奏者」を務めたり「ソロ」を演奏すると、数千円の手当てが加算されます。だいたい1公演では、リハーサル2回(2日間)+本番1回=3日間で約20000円の稼ぎにしかなりません。家族を養える程の高額な収入は「N響」等の超一流オケに限りますので、多くの人が中学や高校の吹奏楽指導などの兼業で食い繋いでいる様です。

一般大学とは異なる「専門性」に特化した音楽大学

“音大卒は武器になる”の本の中で「法学部を卒業したからと言って実際法律家になる者は少ない、だから音大を卒業したからといって演奏家にこだわる必要はない」との趣旨の言葉が記されています。しかし、音楽大学(演奏家を目指す学科)が「演奏」に特化したカリキュラムである以上、「専門学校」としての特性が強いですから、専門外への適応能力は他の一般教養大学に比べても劣ると言わざるを得ないでしょう。

その上で、膨大な練習時間に加え、一般よりも高額な学費が課せられる訳ですから、それならば楽器演奏で食べていく相当の自信がある人や、指導専門の職業に就く事を考えている人以外、音大進学の道を選択する意義は無いと考えています。

「専門学校」へと変わりつつある音楽大学のカリキュラム

近年、少子化に危機感を持った各音楽大学が、現代の音楽業界に則したカリキュラムの刷新に、漸く本腰を上げてきた様に思います。「Jazz科」をはじめ、映画音楽や放送音楽、DTM等のデジタル機器の使用に特化したコース等、卒業後すぐに即戦力となれる人材の育成に力を入れている様です。

日本における「芸術音楽」市場が益々縮小する中、ある意味“古い形式”に拘らない音楽のクリエーターを目指す事が、一番良い選択かもしれません。

まとめ

「音楽大学へ進学すべき」と考えられるのは、以下の人です。

  • 高校生の時点で“ずば抜けた”演奏技術を持っている人
  • 個人経営で音楽教室の開業を目指す人(自ら講師になる場合)
  • 「教職免許」を取得して中・高校の教員を志す人
  • DTM等の専門的な機材を扱う職を目指す人

楽器を“それなりに”弾ける人が、「音大に入ってから技術を向上させよう」と考えるのは、残念ながら多くの場合学費の無駄となってしまいます。それならば音大入学前(高校卒業後)に数年間集中して個人レッスンに通うなど、圧倒的な技術を手に入れてからでないと、“無駄な投資”となってしまうのです。貴重な「青春の時間」を膨大な「練習時間」に宛がうわけですから、確固たる力でもって大学の「成績優秀者優遇カリキュラム」を最大限享受出来なければ、後悔に繋がりかねません。

以上、3回に渡って検討してまいりましたが、如何でしたでしょうか?音大進学は、人生の大きな選択として、是非とも早い段階から然るべく検討される事を強くおススメします。音楽家を志す方への良きアドバイスになる事ができれば幸いです。

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