ヴァン・クライバーンで優勝した辻井伸行さんの演奏を語る。

ヴァン・クライバーンで優勝した辻井伸行さんの演奏を語る。

辻井伸行さんと言えば、2009年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝した日本人ピアニストですが、私は先日シドニーで聴いた辻井さんの2回の生演奏を経て、彼の演奏能力の高さを改めて実感しました。今から丁度8年前、彼が有名になった頃にTVで聴いた演奏と比べても、更に一回りも二周りも成長されたと感じます。

ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールと言えば、4年に一度開催という事で今年の5月25日より、アメリカ・テキサスのフォートワースで開催されていますが、この機会に私自身いち作曲家として、また音大院ピアノ科卒の人間として、今更ではありますが辻井伸行さんの優れた演奏やその奏法について、考えてみようと思います。

ずば抜けた演奏技術と安定感

私がシドニーのコンサートホールで鑑賞した、辻井伸行さん出演のコンサート。シドニーシンフォニーとの協奏曲、そしてソロ・リサイタル共、満席の会場が歓喜の渦に包まれました。

一番初め彼の音を聴いた時、チェンバロの音かと思うくらい軽いタッチでビックリ!重低音とは無縁の華やかな音色ですが、時折出す“ワビサビ”なムードと遙か遠くまで響いてゆく音には、ただただ感心するばかり!そして何と言っても演奏技術がスゴイ!技巧的な作品をミス無く完璧に弾きこなすのは勿論の事、最初から最後まで抜群の安定感とテンポ感を保つカリスマ性には脱帽です。

辻井伸行さんのラ・カンパネラ

辻井伸行さんの十八番となっているリストの≪ラ・カンパネラ≫。昨日の記事でもお伝えしましたが、City Recital Hallのコンサートで観客のリクエストに答えて披露された演奏は圧巻の一言!若干、ラストの部分でテンポが速すぎたせいか音が鳴らない部分や、無意味な音が出ていた所も無くはないですが、とても1時間以上にも及ぶプログラムをこなした後に弾いたものとは思えないハイパフォーマンスでした。

辻井伸行さんの事を“ハンディキャップを持ったピアニスト”というカテゴリで見る人も中にはいるかと思いますが、そんな些細な事は気になる間も無く彼は間違いなく“世界トップクラスのヴィルトゥオーソ・ピアニスト”の一人だと確信しました。

技術と音質 両方を兼ね備えたピアニスト

加えて、辻井伸行さんの演奏は音色・音量の幅が尋常でないほど広く、特にピアニッシモの表現に関しては彼以上に優れた演奏を聴いた事がありません。どんなに小さな音でも、フレーズによって山なり谷なりの形が明確に見えてくる。

ピアノのハンマー

ピアノという楽器は、弦を打つハンマーの打鍵速度によって音量をコントロールするのですが、これが遅すぎるとハンマーアクションが空振りして音が鳴りません。仮に鳴ったとしても、音がかすれて音楽にならなくなってしまいます。

特にスタインウェイの様な鍵盤の軽い楽器はこのコントロールが非常に難しいのですが、辻井さんはそれを見事に操って多彩な表現に換えていました。

スタインウェイの絶妙な音コントロール

一瞬の狂いも無い完璧な音設計と絶妙なコントロール、数ミリの狂いもなく、音量も0コンマ数デシベルの単位で調節している。ハンマーアクションの限界を感じさせない、ピアノという楽器の無限の可能性を見せてくれた様な気がします。

世界のヴィルトゥオーソ・ピアニストの中には、メカニックは優れていても鍵盤を叩くように弾いて汚い音ばかり出す人も多く見受けられますが、辻井さんの様にこれだけ技術と音質の両方を兼ね備えたピアニストは、本当に唯一無二の存在かもしれません。

鍵盤が見えない故の特権?

辻井伸行さんの演奏を見ていると、常に首を振っている様な動作が見受けられます。これは恐らく音を念入りに聴く為に耳を済ませている動作であると思いますが、その動作だけに留まらず、彼の音に対する集中力は並外れたものだと予測します。やはり視覚からの情報が無い事によって余計な邪念が生まれず、より音だけに集中する事が出来るのでしょう。

ピアノを目隠しをして弾いてみる

私も以前ピアノの練習の際に、試しに目隠しをして弾いてみた事があるのですが、確かに手を跳躍させる時に音を外しがちになるものの、その分音質の改善を実感した事があります。単に丁寧に弾くからという訳ではなく、自分の出す音に関してより一層耳を研ぎ澄ませる様になるので、それが功を奏しているのでしょう。

この試みにより、ピアノを演奏するに当たっていかに音を聴く事が重要であるか、またいかに視覚からの情報が音作りにおいて障りになっているかが良く分かりました。

ヴァン・クライバーンで優勝した辻井伸行さんの演奏

加えて辻井伸行さんの演奏には、腕を鍵盤からあまり離さず、時に鍵盤に吸い付く様に弾いている姿が見受けられます。これはもちろん見えない鍵盤を外さない様にする為に自然と身に付いた奏法なのだと類推しますが、これが功を奏して上記の様な絶妙なピアニッシモの表現を可能にしているのかもしれません。あの絶妙な音のコントロールは、彼の奏法からも実現しているのではないでしょうか。

辻井さんの奏法は、我々目の見える人間にとっても非常に重要な手本になるものだと思います。

この8年間の成長は明らか

私が覚えているのは、辻井伸行さんがヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝して有名になりたての頃、TVに映った彼の演奏を見ていると、見るからに音を外さないように慎重な引き方をされていました。それ故、「音は綺麗だが迫力に欠けるピアニストだなぁ」と感じた事すらあった程。

しかし先日の演奏でその懸念は完全に払拭。体の重心を上手い具合に鍵盤に伝えて重さを乗せ、芯のある豊かな音を出すピアニストに生まれ変わっていました。2009年にヴァン・クライバーンで優勝してから早8年、彼もその技術に更に磨きをかけた事は言うまでもありませんね。

辻井伸行シドニーオペラハウス鑑賞記

しかし恐れ多くも、先日のシドニーの演奏を聴いて彼の演奏の欠点を強いて言うならば、音楽の解釈に若干の気迷いが感じられなくもないという点。音色の幅、そしてそのコントロール技術は優れているものの、彼がどの様な考えを持ってそれを成しているのか、それがいまいち見えて来ない部分が見受けられました。

私がそれを理解する耳を持たないだけなのかもしれませんが、技術や音質以外での“主張”に関しては、やや物足りない印象を受けました。しかしこれも、今後人生経験を積む事によって徐々に磨かれてゆく部分かと思いますし、既に若干28歳にしてこの貫禄ある演奏!今後、どんなピアニストになってゆくのか、期待の半面ちょっと怖いくらいです!

cliburn

辻井伸行さんの優勝後、一躍知名度の上がったヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール。4年に一度となる今月の25日より遂に2017年の大会がスタートしていますが、辻井さんの様な優れたピアニストがまた輩出されるのかと思うと楽しみでなりませんね。私も注目して見て行きたいと思います。

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