ゴドフスキーの超絶技巧アレンジ!バリエーションに富んだ「黒鍵エチュード」を比較

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前回の記事で触れたLeopold Godowsky(1870-1938)の超絶技巧アレンジについて、今回は「ショパンのエチュードによる練習曲」の中から「黒鍵エチュード(Op.10-5)」のアレンジについて、その一部分をショパンの原曲と見比べながら、ゴドフスキーの編曲技法について見ていきたいと思います。

ゴドフスキーは、全24曲あるショパンエチュードの各々について、各1種類~2種類のアレンジをしていますが、この「黒鍵エチュード」だけは7種類ものアレンジが為されています。

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「ショパンのエチュードによる練習曲」は全43曲、原曲Op.10-1から順にNo.づけがされ、最終のOp.25-12のアレンジがNo.43となります。

「黒鍵エチュード」のアレンジはNo.7~No.12aの全7曲で、その内4曲が調性・拍子共にショパンの原曲を踏襲する形を取っています。恐らく“黒鍵”の5種類全て使う調として原曲の意図を受け継ぐ狙いもあったのかもしれませんが、しかし中には“短調”で書かれているものや、左手だけで弾く事を指示されている「12a」という過酷なアレンジもあります。

では先ず、手始めにショパンの原曲を聴いてみましょう。演奏はKate Liuさんで、昨年秋にポーランドで開催された「ショパン国際ピアノコンクール2015」での映像です。今大会で第3位に輝いた彼女の演奏は、軽やかで華麗なメカニック、何とも見事な演奏ですね!

Chopin 10-5 冒頭
Chopin 10-5 第2テーマ

↑今回は、「冒頭」と「第二テーマ」の2つの部分を見ていく事にします。こちらは原曲の楽譜です。右手の音型を見ると“4つ”で取りたくなりますが、Vivaceの非常に速いテンポでの2拍子、これがこの曲の軽やかさのポイントですね。これがゴドフスキーの編曲でどの様に変化するのか、次の画像から見ていきます。

⑦冒頭
⑦第2テーマ

↑No.7の冒頭と第二テーマ。ショパンの原曲で右手にあったメロディーが左手にそのまま移り、右手は原曲の左手にあったリズムを刻んでいます。調性や拍子も原曲と変わりなく、「第一バリエーション」という位置づけに思えますね。

第二テーマの左手の指番号を見ると、4の指や5の指を酷使する事が伺えますね。ピアニストで最も弱いとされる2本の指が、相当鍛えられるのではないでしょうか。No.7は曲全体を通してこの様な音型が続きます。

⑧冒頭
⑧第2テーマ

↑No.8の冒頭と第二テーマ。今度は両手を使ってメロディーのリズムを奏でています。細かく見ると、特に1小節目は右手の動きと左手の動きを反行させるという「対位法」的手法が見られます。難しいのは冒頭2小節目の右手、音符の並びに規則性が無くなっています。しかも旗が下を向いた音符(内声)を意識する必要もあり、これらをVivaceの速いテンポの中でどの様に処理するのか・・・、想像する事も出来ません。

第二テーマではNo.7の様に左手に主旋律が来ていますが、右手がそれを半拍後から追いかける様なフレーズになっており、それが先述と同じ「対位法」的手法にも結びついています。見事な手法ですが、各指番号を見ても分かる通り大きな跳躍を含むアルペッジョの連続で、何ともピアニスト泣かせな作品ですね。

⑨冒頭
⑨第2テーマ

↑No.9の冒頭と第二テーマ。この辺りから主旋律の形が崩れて来ます。跳躍進行がメインだった主旋律が、このイ短調では滑らかな順次進行に変化していますが。調号の無いイ短調である事もあって、冒頭部分だけに関してはそれほど演奏困難なフレーズでは無いと思います。しかしこの先は“これでもか”と言うくらい上下段とも2声に分かれており、J.S.Bachの「平均律クラヴィーア」の高速バージョンの様な感じです。

第二テーマは、原曲のメロディーラインが左手に来るのは同じですが、右手が新たなリズムによるオリジナルメロディーを奏でています。しかも2声、更には内声にスラーやアクセントと多彩な音型が入り乱れており、正にモンスター級の難度を示していますね。

⑩冒頭
⑩第2テーマ

↑No.10の冒頭と第二テーマ。右手がオリジナルのリズムとモチーフによる、新たなテーマを構築しています。左手はそれに添える伴奏部かと思いきや、原曲の主旋律がしっかりと形作られています。CDを聴くと、どうしても右手のリズミカルなメロディーに集中しがちですが、ふと低音部に神経を向けると、自ずと「黒鍵」が浮かび上がってくると思います。

左手は一曲を通してアルペッジョの連続で、これもまた究極のピアニスト泣かせとなっています。

⑪冒頭
⑪第2テーマ

↑No.11の冒頭と第二テーマ。こちらも右手がオリジナルモチーフで左手が原曲のモチーフと、基本的な縮図はNo.10と似ていますね。しかし原曲の「黒鍵」のテーマの4小節は「谷型」になっているのに対し、ここでは逆の「山形」になっています。第二テーマも原曲と逆になっており、この特徴は次のNo.12にも見られます。

⑫冒頭
⑫第2テーマ

↑No.12の冒頭と第二テーマ。ちょうどNo.11にあった原曲のフレーズを右手に持ってきた形になっています。冒頭の第一テーマはNo.11と全く同じ旋律ですが、第二テーマは“3度”高い音となっている点が特徴的です。No.12にはポリフォニーが複雑に絡んでいる所は少なく、全7曲ある「黒鍵」のアレンジの中では、比較的弾き易そうな譜づらに見えます(本気で弾いた事が無いので分かりませんが…)。

⑫左 冒頭
⑫左 第2テーマ

↑No.12aの冒頭と第二テーマ。さて、最後の曲は究極の“いじめ”、左手onlyによる演奏が指示されています。一般的に弱いとされる4や5の指、そして他とは異なる構造の1の指、それぞれを自在に操らないと、この曲を演奏する事は敵わないでしょう。

前項のNo.12まで行われてきた旋律の改変は影を潜め、ここでは原曲に忠実なメロディーが再現されています。確かに「非和声音」が少ない黒鍵エチュードであるが故、その旋律の拍点に他の「和声音」を組み込めば、それだけで十分音楽に成り得る事は容易に想像つきますが、原曲のメロディーですら左手で弾こうだなんて決して思わないのに、それに装飾をつけて左手Onlyとは…。CD視聴では敵わない、これを“ズル”しないで弾いている所を見てみたいものです。

ここまで「黒鍵エチュード」のアレンジ全7曲の一部分を見てまいりました。ゴドフスキーの楽譜を見ると、どうしても複雑な技巧に目が行きがちですが、和声や対位法のあらゆる手段を用いて音の隙間にメロディーを入れ込む技術は見事で、現代の音楽家にも参考にされている方は多いのではないでしょうか?ヴィルトゥオーソの方の「全曲演奏会」があれば、是非足を運んでみたいと思います。

尚、今回ご紹介した「ショパンのエチュードによる練習曲」の楽譜は、コチラの「上巻」に収録されています(掲載した譜例とは仕様が異なります)。また、前回の記事も併せてご覧下さい。

ご清聴ありがとうございました。


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