2009年「皆既日食」を振り返る。「屋久島」観測旅行の挫折

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前回の記事でもお伝えした通り、来月3月9日インドネシアおよび北太平洋地域で「皆既日食」が見られます。各旅行会社とも30万円前後はする観測ツアーはほぼ全てsold out、人気の高さが窺い知れますね。

「ショパンコンクール」の時もそうでしたが、“個別手配派”の私にとって中間マージンの発生する観測ツアーへの参加は到底考えられませんが、インドネシアというお国事情に加え、個人旅行では行き難い場所での良好な観測環境を提供してくれるのであれば、“万全を期す”という意味ではそれ程高い買い物では無いのかもしれません。

ただ、観測成功の有無は「天候」が全てを握っている訳で、観測における多額の投資が一瞬にして吹き飛ぶ恐れもある訳ですから、最低限必要経費となる“旅費”くらいは出来る限り切り詰めたいものですね。この天候に関しては、2009年に多くの人が涙を飲んだ事と思います。

屋久島行きプラチナチケットを得る

2009年の皆既日食の時は、私も観測にチャレンジしました。しかし皆既日食帯となる鹿児島県のトカラ列島地方は、観測日となる7月22日の朝から荒天。多くの人の夢が吐かなく散った事は記憶に新しい事と思います。

2009年皆既日食

この当時から個別手配派だった私は、高額なツアー等に参加せず、交通手段と宿泊を全て個別に手配を試みました。しかし観測地となるトカラ列島は、交通手段の少ない小さな島の数々…、当然ながら飛行機や船のきっぷはプラチナチケットとなり、入手困難だった事は言うまでもありません。

2ヶ月前に発売のJAL屋久島行きや奄美行きを予約しようにも、HPのサーバーはパンク。残る方法は、1ヶ月前に発売開始の「船舶」のみでした。

Toppy

死に物狂いで取ったのが、観測日当日の朝に鹿児島港から出る「屋久島」行きの高速船「トッピー」。発売開始の9:30から7分後、奇跡的に電話が繋がって予約する事が出来ました。

  • 7/21(羽田)JAL→(福岡)列車→(鹿児島中央)
  • 7/22(鹿児島港)船→(屋久島・宮之浦港)

しかし「トッピー」が発着する鹿児島への飛行機は、前日および前々日も含め既にsold outだった為、仕方なく「福岡」を経由して陸路で鹿児島まで向かう羽目になりました。

九州新幹線 (1)

しかも当時、九州新幹線は「新八代~鹿児島中央」のみの部分開業の状態の為、途中まで在来線特急「リレーつばめ」でしたから、鹿児島まで向かうのに一日がかり…。疲労困憊です。

屋久島への渡航が裏目に…

7月22日の朝、宿泊した鹿児島の天気は概ね良好でした。しかし屋久島の天気予報を見ると最悪…。このまま鹿児島に留まって「食分0.963」という限りなく皆既に近い天体ショーを見るか、それとも微かな希望を抱いて屋久島に渡るか、迷いました。

2009屋久島 皆既日食 (5)

結論は後者…、やはりプラチナチケットを手にしたプライドが許さず、体は自然と鹿児島港へ。しかしあれだけチケットが入手困難だったにも関わらず、船内はガラガラ…。しかも屋久島が近づくにつれて海は荒れ、分厚い雲が周りに立ち込めて薄暗く、絶望の淵に突き落とされます。

2009屋久島 皆既日食 (1)

それでも、屋久島の宮之浦港へ着くと思いのほか辺りは明るく、微かな希望が芽生え始めました。

2009屋久島 皆既日食 (2)

分厚い低層雲も有りながら、強い風に乗って次から次へと流れて行き、時より雲の隙間から太陽の面影が覗く場面も見受けられます。

2009屋久島 皆既日食 (3)

この分だと、フィルターなしに観測できますね。この時既に10時過ぎ、皆既状態になるまでに1時間を切っていました。既に太陽の一部が欠けているのが分かります。

屋久島

風向きは西の風。屋久島は島中央部に高い山々が連なっている事から、風下となる東海岸は雲の切れ目が期待できる、そう信じて私は、宮之浦港を離れてひたすら東の方向へと、進んで行きました。

皆既日食①皆既日食②

しかし苦労は実らず…、東の空はおろか、太陽の正確な位置すら掴めないほど雲は厚く、皆既日食の時間を迎えてしまいました。ただ、食の最大となる11時00分に向かって急激に暗くなっていく様が目に見えて分かり、その前後5分間の間、不思議な体験をする事が出来ました。

2009屋久島 皆既日食 (4)

後から人に聞いた話によると、同じ屋久島でも西海岸の「永田」では一瞬太陽を見る事が出来たそうです。この他、トカラ列島では「喜界島」が比較的安定した観測が可能だった他は、最大食分を誇る「悪石島」も含めて全滅…。

2009屋久島

尚、この時の屋久島での移動手段は、なんと自宅から持参した「折りたたみ自転車」。観光特需となるこの時期、レンタカーやバイク、サイクルの予約が取れるはずも無く、路線バスも数時間に1本という本数である事から、島での足としてはるばる関東から持って行きました。16インチと小さい為速度も遅く、屋久島の熱帯気候の中、汗だくになりながらこぎ続けた記憶があります。今思えば無茶をしました…。

この様な苦い思い出を糧に、次(2012年)こそ成功させようと心に近い、3年後、満を持して挑みました。次回の記事では、2012年「金環日食」撮影に成功した模様をお伝えする予定です。


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